ごあいさつ
私の専門は、精神療法、とくに精神分析療法です。普通は臨床心理士に任せるような1対1の面接を、私自身もおこない、2〜3年、場合によっては5〜10年かけて1人の患者さんと向き合い、こころを理解しようとする努力をつづけてきました。
精神分析では、精神疾患を、単に「病気」としてみるだけでなく、正常心理との連続で理解しようとします。病的心理や症状は、通常の心理状態の中にその芽が潜んでいると考えますし、「病気になる」ことは残念なことではあっても、より大きな破局を回避し、バランスを回復させる心身の試みであると理解するのです。
そういうスタンスで治療をしていくうち、私なりの「心得」ができあがってきました。2つあります。
自然回復力を信じる
傷の治療を考えてみましょう。傷に付着した汚れを洗いながし、清潔な状態をたもちつつ、外科医が縫い合わせます。すると傷ついた創面同士がくっつくのです。
分りきったことではありますが、よく考えると、驚くべきことです。外科医は、傷を「縫い合わせる」ことはできますが、傷を「くっつける」ことはできません。傷を回復させるプログラムが、体の細胞の中に組み込まれており、それが正常に働かなければ、傷は「くっつかない」のです。
こころの病気でも、同じだと考えます。侵襲をおよぼすストレスから離れて、安心できる家族や治療者と「共にいる」ことは、押し潰された(脳とこころの)自然回復力を復元させると考えられます。医師は、自分にできること(傷を縫う)を行いながら、どこかに潜んでいる患者さん自身の「力」を引き出す、お手伝いをしようとします。
自己決定
もう1つ重要なことは、患者さんご自身の「自己決定権」の尊重です。たとえ相手が医師であれ、他者の指示に従わなければならない状況は、不安を起こさせるものです。それがこころに関する事柄であれば、尚更です。
治療関係の中で「信頼感」は大事ですが、それは医師に「お任せする」こととは、ちょっと違います。厳密にいうと、医師の「すべきこと」は、可能性のある治療法を説明し、患者さんが選択できるよう情報を提供することです。嫌であれば、そう仰っていただくことが、治療の中での「信頼感」だと考えます。たとえ10分前後の「一般外来」の面接でも、このことは最大限尊重されるべき原則と考えます。合意にもとづき治療を進める「インフォームド・コンセント」を守りたいと思っています。